第27回 執行弾(4)
暴発 撃てない警官V
暴発 撃てない警官V
第27回 執行弾(4)
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「そいつの携帯の番号もわかったわけですね?」
 柴崎が尋ねると、上河内は苦笑いを浮かべた。
「残念ながら公衆電話からかけていたよ」
「……そうですか。どこの?」
「三郷(みさと)市の三郷一丁目の屋外公衆電話。五月二十二日十九時十分にかけている」
「そこに防犯カメラは?」
「ねえよ」
 突き放すように言われた。
 それでは、相手を見つけ出すのは不可能だ。
 考えをめぐらせながら、鉄格子のはまった窓に寄る。
 事案が公表され、薬物の取引と現場に居合わせた警官による発砲も、新聞とテレビにより報道された。アマルディから覚せい剤を購入している者たちは、こぞって身を潜めたはずだ。アマルディの携帯に残っている電話番号から顧客は特定できるが、警察から事情聴取された場合に備えて、覚せい剤の使用は中止しているはずだ。三日もすれば尿検査に引っかからなくなるだろう。芋づる式に引致しても無駄骨になるのは目に見えていた。
 気分を改めて訊いてみる。
「仕入れは航空便ですかね?」
「空港の麻薬犬はとっても優秀ですよ」
 前を向いたまま、坂元が冷ややかな口調で割り込んだ。
「スーツケースではなくて、体のどこかに隠して持ち込んだりしたんじゃないですか?」
 食い下がる。
「マル暴の線はどうかしら?」
 坂元が耳に入っていない様子ですぐ横にいる上河内に訊いた。
 一時は中国人や韓国人が日本に持ち込み、それを買い取った暴力団がイラン人に捌(さば)かせていたが、最近はそのネットワークは弱くなっているはずだ。
「いまのところ、ありませんね」上河内は鋭く引き締まった顔で続ける。「それにしても、池永さん、ラッキーだった。白昼堂々と手渡しでしたから」
「辺ぴな場所だからだと思いますよ」
 つい、本音を洩らした。
 密売人は、警察の取り締まりを逃れるため、車の中で取引したり自動販売機などにブツを隠しておくものだが、今回そうした工作はしていない。
「とにかく、実弾が発射されたわけですから」坂元がゆっくりと腰を上げながら、ふたりに向いた。「首領までたどり着かないことには警視総監も黙っていないと思います」
「ビビらせないでくださいよ」
 上河内がぱっとふりむき、かかか、と快活な笑いを飛ばした。
「来月は拳銃の精密手入れでしたね」坂元も笑みを浮かべたが、目は笑っていなかった。「この際、射撃訓練をやらせてみようかしら」
 驚いた。「少々お待ちください」
 坂元がおやっという顔で柴崎を見た。
「実弾射撃訓練は十一月以降に予定していますが」
 さらに六月の第二週には、年に一度の拳銃の精密点検が行われる。拳銃が実際に使われ、署員も緊張しているこの時期に射撃訓練をやらせれば、効果が上がると思ったのだろうか。
 坂元がぷっと吹き出しそうになった。「どうしたんですか? そんな怖い顔になって」
「いえ……お忘れだったかと思いましたので」
「年間スケジュールは把握していますよ。実弾ではなく、模擬弾の訓練です」
 なおさら驚かされた。
「いや、それもこの九月に予定していますから」
 プラスチックの弾頭を使い、署の講堂で行うものだ。
 地域課や暴力団担当の刑事などは、必ず年に一度、本物の弾による実射訓練を行うが、それだけではスキルが上がらない。そのほかの勤務に就いている人間についても、実射訓練ができない場合があり、模擬弾による訓練は必須なのだ。
「前倒しできませんか? 何なら二回やってもいいですけど」
「無理です」
 きっぱりと断る。
「柴ちゃん、署長が仰ってるんだから、そうしろよ」
 上河内になれなれしく肩を叩かれる。
「いまやりゃ、みんなピリピリしとるから効果てきめんだぞ」
 口三味線を弾き続ける上河内にイラッとした。
 坂元は調子づいて何度もうなずいている。
「しかし……」
 期待をこめた目で坂元に見つめられ、
「対象者は地域と内勤特務だけでよろしいですよね?」
 と譲歩した。
 日ごろから拳銃を持ち歩くのは、地域課の警官と刑事課の暴力団担当刑事のみだ。
「いえ、行政職以外の全員に決まってるじゃないですか」
「全員?」
 三百名ほどになる。
「賛成しますよ」
 上河内がまた口をはさんでくる。
「この際、全体のレベルアップを図りましょう。柴崎代理、いかがですか?」
 警官すべてを対象にするなら、ローテーションを組む必要があり、最低でも三日間はかかる。
「はあ……」
「模擬弾は用意できるんだろう?」
 意地悪そうに上河内が訊いてくる。
「全員分はありませんよ」
 冗談ではない。地下倉庫に保管してあるのはせいぜい百人分だ。
「渋い顔するなよ。そう弾数は撃たなくてもいいから。ね、署長」
 坂元が興味深げにうなずき、形のいい顎に指を当てる。
「でも、ひとり最低三十発はいきたいわね」
「三十発……」
 総計一万二千発。それこそ、軽トラック一杯の模擬弾が必要になるではないか。
「もちろん、銃の管理も徹底してくださいね」
 まったくこんなときに来るのではなかった。とんだやぶ蛇だ。
 しかし、署長も引き下がりそうにない。
 だから、キャリアはだめなのだ。融通が利かない……。
「……了解しました」
 拳銃の管理は、警務課における最重要の任務のひとつである。
 朝は警務課の係員が早めに銃保管庫に入り、すべての銃をチェックし、弾数も数える。夕方は夕方で、地域課の警官たちが持ち帰った拳銃から弾を抜き、保管庫に収めるのに立ち会い、弾の数を確認するのだ。
「それはそうと、池永さんにネタを投げた住民ってどんなやつだ?」
 あらためて上河内に訊かれたが、腹の虫が治まらなかったので、
「たしか民生委員の後藤とかいう年寄りだったと思いますけど」
 と憮然と言い放った。
「会ってきたか?」
「会ってませんよ」
 上河内は平然とした顔でガラスの向こうのイラン人を見やった。
「あの手の人間がアパートに出入りしていたんだから、目立っただろうな」
「でしょうね」
 上河内が真顔で柴崎をふりかえった。
「駐在所に行ってみるか?」
「これから?」
「お忙しいと思いますが、行ってみてください」
 坂元が加勢してきた。池永と会い現場を見てきたのは報告ずみだし、いまさら駐在所に押しかけても意味はないと思ったが、ふたりの視線を浴びては逆らえない。
「了解しました」
 と答えるのみだった。


プロフィール
安東能明
1956(昭和31)年静岡県生れ。明治大学政経学部卒。浜松市役所勤務の傍ら、1994(平成6)年『死が舞い降りた』で日本推理サスペンス大賞優秀賞を受賞し創作活動に入る。2000年『鬼子母神』でホラーサスペンス大賞特別賞を受賞する。2010年『撃てない警官』所収の「随監」で日本推理作家協会賞(短編部門)受賞。『強奪 箱根駅伝』『螺旋宮』『潜行捜査』『聖域捜査』『第II捜査官』『出署せず』『侵食捜査』『ソウル行最終便』『伴連れ』「CAドラゴン」シリーズなど、緻密な取材に裏付けられたサスペンス、警察小説で注目を集めている。