第11回 罰法(終)
暴発 撃てない警官V
暴発 撃てない警官V
第11回 罰法(終)
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「おかげで岩城さんの面目は丸つぶれだ。本部の刑事総務課では、やっぱりあいつか、と噂が飛び交ったはずですよ」
 部下に暴力をふるうような時代遅れの刑事は、数字ひとつ書き写せないのだ、と。
「何で……」
 言葉が続かない。
「それを見ていた人間がいます」
 小本は背を丸め、神経質そうに指で机を突く。
「あなたが深川署の刑事課にいた十五年前、半年近くにわたって管内で放火が続いたのは覚えていますよね?」
「あ」
 言ったきり口をつぐんだ。めまぐるしく視線を動かす。
「強行犯の担当係長として、あなたが指揮をしていた。若い、特徴的なメガネをかけた男というしか目撃証言がなく、部下を邀撃捜査に配置して、ご自身も連日張り込んでいた。しかし、相手はしたたかで、決してそこには現れない。ずいぶん、ご苦労されたと聞きました」
 息を吸い、小本は柴崎を改めて見た。
「……それが捜査だ」
「ところが、その三月、新しく配属された一機捜の刑事がたびたび現場を訪れて、少し気を利かせた聞き込みをした。そして、男の所在をつかむ……」
 みるみる小本の表情が翳(かげ)った。
「その刑事が男に声をかけると、一目散に逃走したのでその場で取り押さえた。追及すると、放火を白状した。あなたにとっては、半年近い捜査を無にされ、手柄を横取りされた形になった。そのときの刑事が降格され、うちの署に来ると聞いて、あなた、どうお感じになりましたか?」
「知るか」
 一言の元に否定する。
「彼が必死になって書類と格闘しているのを見て、ほくそ笑んでいたんじゃありませんか?」
「そんな与太話だ。とっくに忘れていた」
「いや、あなたは忘れなかった。ちょっと懲らしめてやれと思って、数字を書き換えた……まったく執念深い」
 小本は正面から柴崎を睨みつけた。
「……派手な動きをしてみろ。捜査が頓挫しちまう」
 それは十五年前、面目を潰された男が、現れた岩城に最初にかけた言葉だった。
 機転を利かせるのも刑事の仕事のうちなのだ。ただじっと、子ネズミが通りかかるのを待つネコのような邀撃捜査は誰にでもできる。
「それはさておき、こちらの件です」
 あらためてペーパーを差し出した。
「あなたの出方次第では、より軽い処分にと署長と相談しました」
 署長と口にしたので小本の顔が引きつった。
「しかしもう無理なようだ。きょうにも本部に出向いて監察に報告しなければなりません」
 そのあとは厳しい監察の調べが待っている。最低でも懲戒処分はまぬがれない。
 半年、いや三カ月後、目の前の男は警察を放り出されているだろう。
 見放されたような顔で呆然としている小本を残して、退室する。
 課に戻ると岩城がノートPC相手に、宮代から表計算ソフトの手ほどきを受けていた。娘が父親を助けているような、ほのぼのとしたムードが漂っていた。
 目が合うと岩城は席を立ち、シマから離れたカウンターの隅に寄った。
 その顔に、どうでしたかと書いてある。
 柴崎が小本を小部屋に連れ込んだのを見ていたのだ。
 小声で終わりましたからと告げる。
「それはよかった」
「岩城さんのおかげですよ」
 月曜日、青山の代わりに川地の引き当たり捜査に戒護員として参加してくれないかと岩城に依頼した。岩城は事情をひと言も聞かず、あっさりと了解してくれた。そして、昨日、引き当たり捜査に同行してくれたのだ。
 便宜供与は一切なかったという報告を受けた。
「いやいや、人間、楽なほうへ流れるからね。おれだって大物をつかんだら、絶対離さないよ」
「でも、やり方を間違えたら、ひどいことになりますよ」
「そうだね。あんなことやってたらだめだ。いまの時代に合わねえや」
 まるで自分のことのように口にする岩城だった。
「すみません」
 とつい口にしていた。
「あ、いやいや、偉そうなことを」
「とんでもない。これからも、お力を借りるときがきっとありますから」
「わたしにですか……」
 意外そうな顔で眺められる。
「もちろんです。ややこしい事件が増えていますから。刑事はリタイアなんて考えないでくださいよ。川地の件については、これからもよろしくお願いします」
「わたしでいいんですか?」
「頼りにしてます」
 川地の件については、これからは岩城が戒護員として目を光らせることになる。盗犯係の担当係長が代わったとしても、それはしばらく続く。何より、川地に対する重しになるはずだ。
「及ばずながら……」
 岩城は頬のあたりを緩(ゆる)ませ、まんざらでもない笑みを浮かべた。ようやく、この署に居場所ができたような顔だった。
 刑事復帰の道が開かれたという期待感を抱かせたのかもしれない。それはそれで構わないと思った。優秀な人間なのだ。適所に配置してこそ、全体の力は上がる。それと同時に、身近に相談できる係員ができたというのも心強い気がした。


プロフィール
安東能明
1956(昭和31)年静岡県生れ。明治大学政経学部卒。浜松市役所勤務の傍ら、1994(平成6)年『死が舞い降りた』で日本推理サスペンス大賞優秀賞を受賞し創作活動に入る。2000年『鬼子母神』でホラーサスペンス大賞特別賞を受賞する。2010年『撃てない警官』所収の「随監」で日本推理作家協会賞(短編部門)受賞。『強奪 箱根駅伝』『螺旋宮』『潜行捜査』『聖域捜査』『第II捜査官』『出署せず』『侵食捜査』『ソウル行最終便』『伴連れ』「CAドラゴン」シリーズなど、緻密な取材に裏付けられたサスペンス、警察小説で注目を集めている。
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